妊娠中・授乳中の喘息吸入薬の適応について総説
妊娠中・授乳中の喘息吸入薬の適応について総説
[2025.11.13]
結論から言うと、日本・海外のガイドラインは共通して
- 喘息コントロール不良そのものの方が、母体・胎児へのリスクが大きい
- 吸入薬は妊娠中・授乳中でも原則として継続する
という立場です。サイエンスダイレクト+3日本産婦人科医会+3臨床支援アプリHOKUTO+3
ここでは「妊娠・授乳中の喘息吸入薬」について、
日本のガイドラインを中心に、海外の方針も補足しながら整理します。
1. 妊娠中の喘息で本当に問題になるのは何か
妊娠中に喘息がコントロール不良だと、
- 妊娠高血圧症候群
- 早産
- 低出生体重児
- 帝王切開率の増加
などのリスクが上がることが、複数の研究で報告されています。PMC+1
一方で、適切な治療でコントロールされている妊婦さんでは、
これらのリスクは非喘息妊婦と近いレベルに抑えられるとされています。PMC+1
そのため各国のガイドラインは一貫して
- 「妊娠したから薬を減らす・やめる」のではなく
- 「妊娠していても、通常どおりしっかり治療する」
ことを推奨しています。Global Initiative for Asthma – GINA+2日本産婦人科医会+2
2. 国内ガイドライン(日本)の考え方
日本では主に
- 喘息予防・管理ガイドライン 2021(JGL 2021)
- 喘息診療実践ガイドライン 2021
- 日本産科婦人科学会(妊娠と喘息に関する解説)
などが、妊娠中の喘息管理を扱っています。日本産婦人科医会+1
日本産科婦人科学会の解説では、
- 現在汎用されている抗喘息薬のほとんどは妊娠中も安全に使用できる
- 妊娠が成立しても、発作予防薬(コントローラー)は中止しないこと・させないことが重要
- 長期管理薬の第一選択は吸入ステロイド薬(ICS)
- ICS単剤で不十分な場合は、ICS/LABA配合剤(シムビコート、アドエアなど)も選択肢
と明記されています。日本産婦人科医会+1
また日本の解説記事やレビューでも、
- 妊娠中の喘息治療薬の主体は吸入ステロイド薬
- 妊婦・授乳婦の喘息に対する吸入ステロイド薬は安全に使用できる
と整理されています。臨床支援アプリHOKUTO+1
3. 海外ガイドラインの考え方(補足)
日本の方針と、海外の代表的ガイドラインは大きく一致しています。
GINA(国際喘息ガイドライン)
- 妊婦は妊娠前と同様に、ステップに応じた吸入治療を継続する
- 吸入ステロイド薬(ICS)を含む多くの喘息薬は、妊娠中も使用が推奨される
としています。Global Initiative for Asthma – GINA+2PMC+2
NAEPP / NHLBI(米国)
- 吸入ステロイド薬の中では、妊娠中のデータが最も多いのはブデソニド(パルミコート)で、
追加で開始する場合には第一選択とする - もともと他のICSで良好にコントロールされている場合は、無理に変更せず継続も許容
とされています。NHLBI, NIH+2JACI Online+2
NICE・BTS/SIGN(英国)
- 妊娠中の急性増悪は、非妊娠時と同様に積極的に治療
- 長期管理でもICSの継続が基本で、必要に応じてLABAなどを追加
- 授乳中も、吸入薬は基本的に使用できる
と記載されています。ブリティッシュ・セラピー協会+3NICE+3サイン+3
その他のガイドライン・レビュー
- 多くのレビューで、短時間作用型β2刺激薬(SABA)とICSは
妊娠中・授乳中ともに「安全に使用できる薬」として位置づけられています。Medscape+5保健省+5SA Health+5
4. 吸入薬の種類ごとの考え方
(妊娠中・授乳中)
ここからは、外来でよく使う薬の「種類ごとの考え方」をざっくり整理します。
具体名はすべてを挙げきれないため代表例のみです。
※最終的には「個々の患者さんの重症度・既往歴・併用薬」で調整が必要です。
4-1 吸入ステロイド薬(ICS)
例:
- ブデソニド(パルミコート)
- ベクロメタゾン(キュバールなど)
- フルチカゾン(フルタイド、レルベア成分の一部 など)
ポイント
- 日本・海外ともに「妊娠中の長期管理の第一選択」PMC+3日本産婦人科医会+3臨床支援アプリHOKUTO+3
- ブデソニドは妊娠中の使用データが特に多く、開始薬として優先されることが多いNHLBI, NIH+2JACI Online+2
- 他のICSでも、先天異常の増加を示す明確なデータは報告されていませんPMC+2ERS Publications+2
授乳中
- 吸入薬は全身への移行量が少なく、母乳中への移行もごくわずかと考えられています。
- 各種ガイドラインは、ICSを授乳中も継続可能としています。保健省+2Irish Thoracic Society+2
4-2 ICS/LABA配合剤
例:
- ブデソニド/ホルモテロール(シムビコート)
- フルチカゾン/サルメテロール(アドエア)
- フルチカゾン/ビランテロール(レルベア)など
ポイント
- ICS単剤でコントロールが不十分な場合のステップアップ薬として、日本でも妊娠中に使用されています。日本産婦人科医会+1
- LABA単剤は喘息では用いず、必ずICSとの併用(または配合剤)で使用する点は、妊娠中も同じです。Global Initiative for Asthma – GINA+1
- LABAの妊娠中データはICSほど多くはありませんが、有害性を示す明確なエビデンスは現時点で示されていません。PMC+2サイエンスダイレクト+2
授乳中
- 海外の実務的なガイドラインでは、ICS/LABA配合剤も授乳中に使用可能とされています。Irish Thoracic Society+2Australian Asthma Handbook+2
4-3 短時間作用型β2刺激薬(SABA)
例:
- サルブタモール(ベネトリン吸入など)
- プロカテロールなど
ポイント
- 発作時の頓用薬として、妊娠中も基本的に使用されます。Global Initiative for Asthma – GINA+2Right Decisions+2
- 多くのガイドラインが「妊娠中・授乳中ともに使用可能」としています。Medscape+3保健省+3SA Health+3
4-4 長時間作用型抗コリン薬(LAMA)
例:
- チオトロピウム(スピリーバ)
- グリコピロニウム など
ポイント
- 重症例や併存COPD症例で使われることがあります。
- 妊娠中のデータはICSほど豊富ではありませんが、海外ガイドラインでは「必要に応じて使用可」「より実績のある薬が優先」といった扱いです。Australian Asthma Handbook+1
授乳中
- 母乳中への移行は少ないと考えられ、「可能性として安全」とされることが多いですが、実際にはICSやSABAなど、よりデータの多い薬が優先されます。Australian Asthma Handbook+1
4-5 ロイコトリエン受容体拮抗薬(LTRA)
例:
- モンテルカスト(シングレア)
ポイント
- NAEPPや他のガイドラインでは、ICSに比べるとエビデンスは少ないものの、「すでに使用してコントロール良好な例では継続可」としています。NHLBI, NIH+2e-lactancia.org+2
- 日本のガイドラインでも、妊娠中に中止が必要とする記載はありません。日本産婦人科医会+1
授乳中
- 授乳中のモンテルカストは、海外では「使用可能」とする資料が多く、母乳中への移行も少ないとされています。Irish Thoracic Society+1
5. 授乳中全般の考え方
授乳中の薬物療法については、海外のフラッシュカードやレビューで
- 吸入ステロイド薬
- SABA
- 多くのICS/LABA配合剤
は「授乳中も使用可能」あるいは「母乳栄養を続けながら治療継続を推奨」とまとめられています。サイエンスダイレクト+3保健省+3Irish Thoracic Society+3
ポイントとしては
- 吸入薬は全身に回る量が少ない → 母乳中への移行も非常に少ない
- 母親の喘息が悪化して救急受診になることの方が、母子にとってのリスクが大きい
という考え方で、妊娠中と同じく「コントロール不良を避ける」ことが優先されています。
6. 妊娠・授乳中の患者さんへのメッセージ
ガイドラインを踏まえて、妊娠・授乳中の方には次の点をお伝えしたいです。
- 自己判断で吸入薬を中止しない
- 妊娠がわかった時点で、まず主治医・かかりつけ医に相談してください。
- いま使っている薬は一度「整理」する
- 吸入薬・内服薬・貼り薬などをすべて伝え、妊娠・授乳中に適した組み合わせに調整します。
- 発作やコントロール不良を放置しない
- 息切れ・喘鳴・夜間症状の増加などがあれば、早めに受診してください。
- 喫煙・受動喫煙を避ける
- たばこ・加熱式たばこ・電子タバコはいずれも、妊娠中・授乳中の喘息と相性が悪いとされています。
- インフルエンザ・RSウイルスなどの感染症にも注意
- ワクチン接種や手洗い・マスクなど、基本的な予防策も重要です。日本産婦人科医会+2臨床支援アプリHOKUTO+2
7. 当院での考え方
ひろつ内科クリニックでは、
- 日本の喘息ガイドライン・産科ガイドライン
- 国際的なガイドライン(GINA、NICE、NAEPP など)
を参考にしながら、妊娠週数・喘息の重症度・既往歴・他の持病などをふまえて、
個別に治療方針を検討します。
この記事は「一般的な方針」の説明であり、
個々のケースでまったく同じになるとは限りません。
妊娠中・授乳中に「薬を続けていいのか不安」「今の治療でよいか確認したい」という場合は、
遠慮なくご相談ください。
参考文献(エビデンス)
- 日本産科婦人科学会. 妊娠と喘息について(管理の実際)日本産婦人科医会
- 喘息予防・管理ガイドライン2021, 喘息診療実践ガイドライン2021 概説記事(北里大学ほか)臨床支援アプリHOKUTO
- Global Initiative for Asthma (GINA) 2024 Strategy Report.Global Initiative for Asthma – GINA
- Javorac J, et al. Breathing for Two: Asthma Management, Treatment, and Safety of Asthma Medications in Pregnancy. 2024.PMC
- Murphy VE, et al. Managing Asthma During Pregnancy and the Postpartum Period. J Allergy Clin Immunol Pract. 2023.サイエンスダイレクト+1
- NAEPP Working Group Report on Managing Asthma During Pregnancy: Recommendations for Pharmacologic Treatment.NHLBI, NIH+2JACI Online+2
- NICE Guideline NG244: Managing asthma in pregnancy, during labour and when breastfeeding. 2024.NICE+1
- Irish Thoracic Society. Asthma Medications during Pregnancy and Breastfeeding. 2023.Irish Thoracic Society
- WISOM Asthma in Pregnancy Guideline, 2024; SA Perinatal Practice Guideline: Asthma in pregnancy.保健省+1
- Medscape: Asthma in pregnancy – Treatment. Updated 2025.Medscape
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