その腹痛は「ポルフィリン症」なのか——極めてまれな病気を疑う前に知ってほしい現実的な整理を内科医が解説
「この腹痛、もしかしてポルフィリン症では」——検索でこの病名にたどり着いて、不安になって受診される方が、ときどきいらっしゃいます。原因のはっきりしない腹痛を調べていくと、ネット上ではこの病名が意外とよく出てくるのです。海外の医療ドラマで「難解な症例」の代名詞として繰り返し登場してきた影響もあるかもしれません。
先に結論をお伝えします。ポルフィリン症は実在する病気で、見逃すと危険な発作もあります。ただし極めてまれな病気で、日常の外来で出会う腹痛のほぼすべては別の原因です。そして、もし本当に疑わしい特徴がそろっているなら、調べる場所は町のクリニックではなく、大学病院などの専門施設になります。この記事では、その線引きを整理します。
ポルフィリン症とはどんな病気か
私たちの体は、血液の赤い色素(ヘム)を8段階の酵素リレーで作っています。ポルフィリン症は、このリレーのどこかの酵素が生まれつき弱いために、途中の物質(ポルフィリン体など)が体にたまってしまう病気の総称です。たまる物質の種類によって、大きく2つのタイプに分かれます。
- 急性型(急性間欠性ポルフィリン症など):激しい腹痛の発作、吐き気、便秘、しびれや脱力などの神経症状、不安・錯乱などの精神症状。思春期〜40歳くらいまでの若い世代、特に女性に発症のピークがあります
- 皮膚型(骨髄性プロトポルフィリン症など):日光に当たった皮膚の激しい痛み・腫れ(光線過敏)。こちらは多くが小児期に発症します
共通して言えるのは、ほとんどの型が小児期〜若年成人までに何らかの症状を出すということです。中高年になって初めて発症することは、極めてまれです。
どのくらい「まれ」なのか
急性型の代表である急性間欠性ポルフィリン症の患者数は、日本全体で数百人規模と推定されている希少疾患です(国の指定難病になっています)。一般の内科外来には毎日たくさんの腹痛の方が来られますが、その中にポルフィリン症の方が混ざっている確率は、宝くじに近い水準です。
一方、腹痛の原因として実際に多いのは、感染性胃腸炎、便秘、機能性ディスペプシア、過敏性腸症候群、胃腸炎後の知覚過敏などです。医学の世界には「ひづめの音を聞いたら、シマウマではなくまず馬を考えよ」という格言があります。頻度の高い病気から順に確かめていくのが、遠回りに見えて最短の道です。
たとえば胃腸炎との違い
下痢や嘔吐があり、発熱を伴い、周囲に同じような症状の人がいて、数日で回復に向かう——これは典型的な感染性胃腸炎の経過で、ポルフィリン症の発作とはパターンが異なります。急性ポルフィリン症の発作では、むしろ下痢より便秘が目立ち、腹痛の激しさに比べて診察や画像検査で異常が見つからない、というちぐはぐさが特徴です。
それでも疑ってよい「そろい方」
次のような特徴が複数そろう場合は、希少とはいえ検討する価値が出てきます。
- 10〜40代(特に女性)で、激しい腹痛の発作を何度も繰り返しているのに、内視鏡やCTなどで毎回異常がない
- 腹痛と同時に、しびれ・脱力・強い不安・錯乱などの神経精神症状が出る
- 発作時の尿が暗赤色〜赤褐色(放置するとさらに黒っぽく変色する)
- 発作の引き金に心当たりがある:特定の薬(一部の抗菌薬・ホルモン剤など)、極端なダイエットや絶食、飲酒、月経周期との連動
- 血縁の家族に同じ病気の方がいる(遺伝性の病気です)
- (皮膚型の場合)子どもの頃から、日光に当たると皮膚が焼けるように痛む
逆に言うと、単発の腹痛や、検査で説明のつく腹痛で、この病気を心配する必要はまずありません。
本当に調べたい場合の「正しいルート」
ここが今日の記事でいちばん実用的な部分です。ポルフィリン症の診断には、発作時の尿でポルフォビリノーゲンなどの特殊な物質を測定し、さらに酵素活性や遺伝子の検査で確定する、という専門的なプロセスが必要です。これらの検査は一般のクリニックでは事実上行えません。検体の扱い(遮光など)にも特殊な条件があり、解釈にも専門知識が要ります。
ですから、上に挙げた特徴が本当にそろっているなら、行き先は大学病院などの専門施設です(診療科は症状により消化器内科・代謝内科・神経内科・皮膚科など。難病情報センターのサイトにも情報があります)。その際、いきなり大学病院に行くよりも、かかりつけ医で頻度の高い病気を除外したうえで、紹介状を持って受診するのが確実でスムーズです。大学病院は原則紹介制で、紹介状には「何をどこまで調べて、なぜこの病気を疑うのか」の整理が書かれるため、専門施設側もすぐ本題に入れます。
当院の役割もそこにあります。腹痛の原因として頻度の高いものを順に確かめ、その過程で「これは普通の経過ではない」というサインがあれば、疑いを整理して専門施設へ紹介状を書く。希少疾患の診断は、この二段構えで進むのがいちばん早いのです。
まとめ
- ポルフィリン症は実在するが極めてまれ。腹痛のほぼすべては頻度の高い別の病気
- ほとんどの型は小児期〜若年成人で発症。中高年での初発は例外的
- 「繰り返す原因不明の激しい腹痛+神経症状+暗赤色尿+家族歴」など複数そろうときだけ検討の土俵に
- 確定診断は大学病院など専門施設の領域。かかりつけ→紹介状→専門施設が最短ルート
「ネットで調べたらこの病気が出てきて不安」という相談は、外来で歓迎です。可能性の高いものから一緒に整理し、必要なら専門施設へおつなぎします。
参考文献
- 難病情報センター「ポルフィリン症」
- 日本ポルフィリン症研究会 診療ガイドライン関連資料
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