完全ローカルで動く医療AIを作り始めた話|1ビット量子化×診療データで院内完結AIを目指す
はじめに:クラウドAIへの「根本的な不安」
当院では、診療支援に40以上のAIツールを活用しています。音声認識によるSOAP生成、病名推定、漢方提案、検査レポート作成など、日々の診察の多くにAIが関わっています。
しかし、ひとつだけずっと気になっていたことがありました。
患者データがクラウド(外部サーバー)を経由することです。
ZDR(ゼロデータリテンション)契約で、データが学習に使われないことは担保しています。それでも「患者さんの診察内容がインターネットを通る」という事実そのものに、根本的な不安が残ります。
理想は、患者データが建物の外に一歩も出ない、院内完結のAI。それを本気で目指し始めました。
1ビット量子化という技術
ローカルで動くAIの最大の課題は「性能」です。クラウドには巨大なGPUクラスタと数千億パラメータのモデルがありますが、当院のPCにはRTX 3070が1枚(VRAM 8GB)しかありません。
ここで注目したのが1ビット量子化という技術です。
通常のAIモデルはパラメータひとつにつき16ビットの精度を使いますが、これを1ビットまで圧縮します。重みを「+1」「0」「-1」の3値に単純化することで、掛け算が足し算に変わり、計算量が劇的に減ります。
PrismML社のBonsai-8Bモデルを採用しました。
- 80億パラメータ、ファイルサイズ 1.15GB
- 処理速度 44トークン/秒(RTX 3070)
- VRAM使用量 たったの 1.9GB
- 音声認識(Whisper)と同時稼働が可能
診療データで「医療特化」する
Bonsai-8Bはそのままでは汎用モデルであり、SOAPの書き方も日本の保険診療も知りません。
そこで、当院の開業以来1年3ヶ月分の診療データを知識として注入しました。
- SOAPの書き方ルール
- 処方パターン
- 病名の付け方
- 漢方の使い分け
- レセプト病名のフィードバック983件
RAG(Retrieval-Augmented Generation)で90個のチャンクに分割し、モデルの外部知識として接続しています。
名付けて「HirotsuMed-8B」。1ビット量子化の医療特化LLMです。
「世界初」と言えるのか
調べた限り、1ビット量子化と医療特化を組み合わせた公開事例は存在しません。
- Microsoft BitNet(2025年):汎用モデルのみ、医療参入なし
- PrismML Bonsai:ロボティクス・エッジ向け、医療ファインチューニング事例ゼロ
- Med-PaLM・PMC-LLaMA等の医療LLM:4ビット以上の量子化が主流
「1ビット×医療特化」は、少なくとも公開されている事例の中では空白地帯です。
現時点の実力:正直に
率直に書きます。現時点のスコアは以下の通りです。
- SOAPスコア:75点
- 病名推定:65点
本番投入できるレベルではありません。クラウドAIとの品質差はまだ大きいです。
シャドウモードで「診療しながら学習」
そこで「シャドウモード」という仕組みを実装しました。
- 本番のAI(クラウド)はこれまで通り動作 → 患者さんへの影響ゼロ
- 裏でHirotsuMed-8Bが同じ入力を受け取り、独自に回答を生成
- 本番の回答とHirotsuMedの回答を自動比較・採点
- 差分が訓練データとして自動蓄積
全11個のAIエンドポイント(SOAP生成、病名推定、漢方提案、検査レポート等)すべてでシャドウが走っています。
1日約80人の診察で、1日80件の訓練データが自動蓄積される仕組みです。普通に診察しているだけで、ローカルAIが賢くなっていきます。
今後の展望
現時点では「作り始めた」段階です。完全ローカル化はゴールであって、現在地ではありません。クラウドAIに頼っている部分はまだあります。
今後の計画は以下の通りです。
- シャドウデータの蓄積:日々の診療で訓練データを自動収集
- 統合訓練データセットの構築:蓄積したデータを整理・品質管理
- ファインチューニング:クラウドGPUでモデルを再訓練
- 本番切替:スコアが実用レベルに達したら段階的にローカルに移行
1ビットのモデルが1.9GBのVRAMで44トークン/秒出る世界が来ています。この速度で技術が進めば、「クリニックのPCだけで全部動く」日は、案外遠くないかもしれません。
まとめ
- 患者データを外部に送らない「完全ローカル医療AI」の構築を開始
- 1ビット量子化で80億パラメータを1.15GBに圧縮、PC1台で稼働
- 1年3ヶ月の診療データをRAGで注入し医療特化
- シャドウモードで診療しながら自動学習する仕組みを実装
- 現時点スコアは75点(SOAP)/ 65点(病名)。まだ道半ば