音声カルテは電子カルテ直結から始めないほうがいい、と言われている件——一人開業医が道具を作った順番と、その理由【連載 開業医ならどうなの? 第3回】
まず自分の条件を書いておきます。2024年開院の内科クリニック、12時から21時、日曜も開けて火曜が休み、医師は私一人です。ブログは2025年5月からAIと一緒に書き、道具は2025年12月にGPTで作り始め、2026年2月からClaude Codeで組んでいます。病院や勤務医の方にはそのまま当てはまらない話だと思います。
「電カル直結から始めるな」「入口は事務負担から」
大田原正幸先生(救急集中治療医・産業医)は、音声カルテの導入について2つの整理を書かれています。
一つ目は、医療でAIを使う場面を3つに分けた整理です。電子カルテにAIを直結する形、個人端末に手で入力する形(これを「シャドーAI」として最も危険と位置づけている)、音声から診療記録の下書きを作る形(最も現実的・閉域網)の3つです(note、2026年2月18日)。
二つ目は、音声カルテは電カル直結から始めない、という順番の話です。AI導入の入口は診断でなく事務負担から——文書の自動起票、問診の構造化、慢性疾患のフォロー、地域連携文書、そして最後に画像——という優先順位を示されています(note、2026年5月28日)。
開業医ならどうなの、というのがこの連載の問いです。第3回は、この順番が当院に当てはまるかどうかを書きます。
「直結から始めるな」は、当院では選択肢がなかった
先に正直に書いておきます。「電カル直結から始めない」という判断は、当院ではそもそも判断できる立場になかったのです。
市販の電子カルテには、音声の下書きをそのまま流し込むための正規の入口が用意されていません。だから当院の音声の下書きは、私が読んで確認してから貼る、という手順になっています。AIが下書きを並べ、私が確認して確定する。電子カルテとの間には、私の目と手が必ず入ります。
これを「安全な設計を選んだ」と書くのは正確ではありません。選んだのではなく、それしか手が届かなかった。ただ、結果として大田原先生が「最も現実的」と呼ぶ形に近いところに着地しています。
道具を作った順番と、後から気づいたこと
当院で道具を作った順番は次の通りです。
- 健診の書類の自動起票
- 診断書・紹介状の共同編集と版管理
- 外国語の患者さんとの定型のやりとり
- 音声から診療記録の下書きを作るもの
大田原先生の優先順位(文書から始める)と、当院の順番はほぼ一致しました。ただし計画して一致させたわけではなく、「手が届く順」に作ったら結果的に同じ並びになっていた、というのが正確なところです。
違ったのは一点だけで、画像や検査の見落とし防止には手を出していません。先生の整理では最後に置かれている領域ですが、当院ではその手前で止まっています。
順番を振り返ると、失敗も二つ残っています。
健診の書類の自動起票では、「完了後14日以内の再出現は幽霊」という自動ガードを入れていました。これが、数日おきに実際に受診する常連の患者さんを黙って弾いたことがあります。処理が走り、ログにも残らず、画面にも何も出ない。気づいたのは後からでした。以来、「自動処理が人を弾くときは、ログに残して画面に開示する」を決めました。決めただけで済ませないために、いま手を入れているところです。
書類の共同編集では、8月下旬より前の履歴について、本文テキストしか残しておらず書式が再現できませんでした。後から欲しくなったデータを最初に取っていなかった、という話です。これは直せていません。過去の履歴は戻りません。
順番が合っていた理由は「安全」より「手が届く」
大田原先生の整理を読んで、当院の順番と一致していることに気づいたとき、最初は「正しい道を歩いていた」と思いかけました。でも少し立ち止まると、理由が違います。
文書から始めたのは、文書が一番手が届いたからです。電カル直結を避けたのは、避ける道がなかったからです。画像に手を出していないのは、まだそこに届いていないからです。
結果として安全な順番になっているとしたら、それは「手が届く範囲から始めると、自然と低リスクな場所から入ることになる」という構造があるのかもしれません。一人で作っていると、複雑なものは最初から作れない。複雑でないものから始めると、影響範囲が小さいところから始まる。これが正しい設計思想かどうかは分かりませんが、一人の開業医が道具を作るときの現実とは、たぶん一致しています。
自動ガードが患者さんを黙って弾いた件は、その例外でした。シンプルに見えた処理が、人に見えない形で影響を持っていた。「手が届く範囲から」という前提は、「影響が見える範囲から」と同じではない、ということを、あの失敗で学びました。
第4回は「いいAIでも、承認から診療報酬の加算まで5年半かかる」と言われている件について書きます。
※連載「開業医ならどうなの?」は、病院や制度の側で語られている医療AIの論点を一つ借りて、開業2年目の内科クリニックの実際で答える読み物です。道具は院内で内製し、患者データの扱いは三省二ガイドライン・ZDR準拠の設計を基本にしています。
この記事はnoteの連載「開業医ならどうなの?」第3回として公開したものを、公式ブログにも掲載しています。note版はこちら
参考文献
- 大田原正幸 note(2026年2月18日)医療でのAI利用の3シナリオ
- 同(2026年5月28日)AI導入の入口は診断でなく事務負担
- 厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第6.0版」ほか三省二ガイドライン
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