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開業医のAIガバナンスとは何か——契約の相手がいない一人医師のクリニックで、AIを使う場所を減らし「境界・保全・記録・戻し方」を道具に入れる話【連載 開業医ならどうなの? 第1回】


まず自分の条件を書いておきます。2024年開院の内科クリニック、12時から21時、日曜も開けて火曜が休み、医師は私一人です。ブログは2025年5月からAIと一緒に書き、道具は2025年12月にGPTで作り始め、2026年2月からClaude Codeで組んでいます。病院や勤務医の方にはそのまま当てはまらない話だと思います。

「最後に効くのはガバナンス」

医療AIの制度やガバナンスについて一次資料を丁寧に読み解いている、大田原正幸先生(救急集中治療医・産業医)の発信をよく読んでいます。今年3月、こう書かれていました。

医療AIで最後に効いてくるのは、機能の派手さよりガバナンスです(X、2026年3月22日)

別の記事では、医療AIは導入より契約が難しい、責任の分け目を「運用・性能・変更管理・説明・セキュリティ」の5つに分解して表にしておくこと、そして落とせない条項として「停止権」を挙げておられました(note、2026年1月3日)。

読みながら、その通りだと思いました。そして同時に、少し困りました。私には契約の相手がいません。ベンダーはおらず、道具は自分とAIで作っています。責任分界表を作ろうにも、表の右も左も自分です。

開業医ならどうなの、というのがこの連載の問いです。第1回は、契約書の代わりに何を持てばいいのかを書きます。

一番効いたのは、AIを使う場所を減らすことだった

大田原先生は、医療でAIを使う場面を3つに分けておられます。電子カルテにAIを直結する形、個人の端末に手で入力する形、そして音声から診療記録の下書きを作る形です(note、2026年2月18日)。うちに当てはめると、音声から下書きを作って私が確認して確定する、という3つ目の形だけを使っていて、あとの2つはやっていません。

それ以外の道具、たとえば処方のカードを並べるとそのまま処方欄に入る仕組み、健診の書類を受付の情報から自動で起こす仕組み、外国語の患者さんとの定型のやりとりは、AIを噛ませていません。決まった入力から決まった出力を返す、ただのプログラムです。以前「この診察室に、AIがいる。」の#38で「何でもAIに流すのをやめた」と書きましたが、あれは速さや正確さの話として書きました。ガバナンスの目で見直すと、同じことが別の意味を持ちます。

AIが判断に関わる場所が少ないほど、責任の分け目を考えなければならない場所も少なくて済みます。処方の数量が「1回量×回数×日数」の式で決まっているなら、そこに説明の余地はなく、間違いがあれば式を直せば終わります。AIに任せていたら、なぜその数字になったのかを毎回説明できるようにしておく必要があります。契約の相手がいない私にとって、いちばん現実的なガバナンスは、説明が要る場所を最初から減らしておくことでした。

そのうえで、残った場所については、責任分界表の代わりに次の4つを入れることにしました。「しています」ではなく「することにした」と書くのは、これが守れている話ではないからです。

契約書の代わりの4つ(守れていない順に)

  • 境界 — 診療中は動いているものに触らない。これが一番守れていません。診療の合間に直して、その場で壊したことが何度もあります。触るたびに壊すので、いまは「診療中は触らない」を先に決めておくところから始めています
  • 戻し方 — 壊したときにファイル単位で前の版に戻せるようにしておく。机上で検査してから、診療の後に配る。戻せるようにはなりましたが、「診療の後に配る」はまだ半分です
  • 記録 — 何を変えたか、何を書き込んだかを残す。「完了」の表示は処理が終わったかではなく、画面やデータの実際の結果で出す。表示だけ「完了」で中身が違っていたことがあり、直しているところです
  • 保全 — 患者データの置き場を一か所に決め、毎晩バックアップを取る。これは動いています

責任分界表の5項目と見比べると、同じことを一人分の言葉に置き換えただけです。運用と変更管理は「境界」と「戻し方」に、説明とセキュリティは「記録」と「境界」に、停止権は「診療中は触らない」に対応します。契約の相手がいなくても、止められる・戻せる・残る、の3つは自分で作れるはずだ、と思って作り直している途中です。

派手なことは何もない

正直に言うと、この4つは診察の動線を1秒も縮めません。新しい道具を作る楽しさもありません。それでも、AIを使う場所を絞り、残った場所にこの4つを入れておけば、何かが起きた日に自分で止めて戻せるはずです。いまはまだ、壊してから戻す日のほうが多いのですが。

ガバナンスは病院や大きな組織の言葉だと思っていました。読み直してみると、一人の開業医が自分の道具に対して持っておくべき、ごく小さな約束の集まりのことでもありました。

次回は、「ローカルのAIは小さなクリニックには運用の負担が大きくて無理だ」と言われている件について、実際に院内で動かしている側から書きます。


※連載「開業医ならどうなの?」は、病院や制度の側で語られている医療AIの論点を一つ借りて、開業2年目の内科クリニックの実際で答える読み物です。道具は院内で内製し、患者データの扱いは三省二ガイドライン・ZDR準拠の設計を基本にしています。本文で引用した大田原正幸先生の発信は、公開されているX・noteの記事によります。

この記事はnoteの連載「開業医ならどうなの?」第1回として公開したものを、公式ブログにも掲載しています。note版はこちら

参考文献

  • 大田原正幸 X投稿(2026年3月22日)「医療AIで最後に効いてくるのは、機能の派手さよりガバナンスです」
  • 大田原正幸 note(2026年1月3日)医療AIの契約と責任分界(運用・性能・変更管理・説明・セキュリティ/停止権)
  • 大田原正幸 note(2026年2月18日)医療でのAI利用の3シナリオ
  • 厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第6.0版」ほか三省二ガイドライン

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