カンピロバクター感染後のギラン・バレー症候群——食中毒の数週間後の手足のしびれ・脱力に要注意
食中毒は治ったのに、数週間後に足が動きにくくなった——その正体は
カンピロバクター食中毒で激しい下痢・腹痛を経験した方が、症状がすっかり治った1〜3週間後に「両足の力が入りにくい」「手足がしびれる」「歩きにくい」と訴えて受診される——これがカンピロバクター感染後のギラン・バレー症候群(Guillain-Barré Syndrome:GBS)です。
頻度は決して高くありませんが、カンピロバクターはGBSの先行感染として世界で最も多い原因菌であり、見逃すと重症化することがあるため、知っておきたい合併症です。本記事では、ギラン・バレー症候群の症状・発症メカニズム・治療・予後を解説します。
ギラン・バレー症候群(GBS)とは
- 急性に進行する末梢神経の障害。手足の力が入らない・しびれるのが主な症状
- 多くの場合、先行する感染症の1〜3週間後に発症
- 免疫が「感染菌」を攻撃するつもりで、誤って自分の末梢神経を攻撃してしまう自己免疫性疾患
- 日本での発生は年間およそ10万人に1〜2人と稀だが、重症化リスクのため早期診断が重要
- 難病情報センターで指定難病として情報提供あり(医療費助成制度の対象)
なぜカンピロバクター感染で起こるのか——分子相同性
カンピロバクター(特に C. jejuni)の細菌表面にあるリポ多糖(LPS)の構造が、人の末梢神経の表面にあるガングリオシド(GM1・GD1aなど)と非常に似ていることが知られています。これを「分子相同性(molecular mimicry)」と呼びます。
- 体は感染した菌を排除するため、菌のLPSを標的にする抗体(抗ガングリオシド抗体)を作る
- 菌が片付いた後も、その抗体が自分の神経のガングリオシドを誤認して攻撃してしまう
- 結果として、末梢神経が傷んで手足の脱力・しびれが起こる
日本のカンピロバクター後GBSでは、軸索型(AMAN:急性運動性軸索性ニューロパチー)と呼ばれる、神経の中身(軸索)が直接傷つくタイプが多いとされています。
典型的な症状
発症時期
カンピロバクター感染(下痢など)から1〜3週間後に出現することが多いです。
初期症状
- 両足のしびれ・違和感
- 足の力が入りにくい、階段を上りにくい、つまずきやすい
- 立ち上がりにくい、歩きにくい
- 多くは左右対称性に出る
進行
症状は数日〜2週間で下から上へと進行します。
- 下肢→体幹→上肢→顔面・嚥下・呼吸筋へと広がる
- 手のしびれ、握力低下、ボタンが留めにくい
- 顔面麻痺(顔の表情が作れない)
- 嚥下障害(飲み込みにくい、むせる)
- 構音障害(しゃべりにくい)
- 呼吸困難——呼吸筋が麻痺すると人工呼吸器が必要に
- 自律神経症状:不整脈、血圧の急変動、便秘、尿閉
診察での特徴
- 深部腱反射の消失(膝蓋腱反射・アキレス腱反射が出ない)——診断の重要な手がかり
- 感覚障害は軽度〜中等度(運動症状に比べ目立たない)
- 意識・認知機能は保たれる
亜型——Miller-Fisher症候群
GBSの亜型で、外眼筋麻痺(眼が動かない)・運動失調・腱反射消失を特徴とします。先行感染にカンピロバクターが関与することがあります。
診断
① 神経学的所見
- 急性に進行する両側性の脱力
- 深部腱反射の減弱・消失
- 感覚障害は軽度
② 髄液検査
診断の重要な検査。GBSでは「蛋白細胞解離」という特徴的な所見が見られます。
- 髄液の蛋白が上昇(神経傷害の反映)
- 髄液の細胞数は正常(炎症性疾患と異なる)
- 発症1週間ごろから明瞭になる
③ 神経伝導検査(電気生理検査)
- 末梢神経の伝導速度・振幅を測定
- 脱髄型(AIDP)か軸索型(AMAN/AMSAN)かを鑑別
- カンピロバクター後では軸索型が多い
④ 抗ガングリオシド抗体
- 抗GM1抗体・抗GD1a抗体:AMAN型でしばしば陽性
- 抗GQ1b抗体:Miller-Fisher症候群で陽性率が高い
⑤ 先行感染の確認
- 1〜3週間前の下痢・腹痛・発熱の既往
- 外食・鶏肉摂取歴の確認
- 便培養(菌が陽性のままのケースもある)
- 抗カンピロバクター抗体
治療
① 免疫グロブリン大量療法(IVIg)——第一選択
- ヒト免疫グロブリンを5日間連日点滴
- 自己抗体の中和・神経攻撃の抑制を狙う
- 発症2週間以内に始めるのが効果的
- 多くの施設で第一選択
② 血漿交換
- 血液中の自己抗体・炎症物質を物理的に除去
- IVIgと同等の効果
- 施設・状況に応じて選択
③ ステロイドは原則無効
過去には使われていましたが、現在はGBS単独に対するステロイドは推奨されません(効果なし)。
④ 呼吸・自律神経管理
- 呼吸筋麻痺が進行する場合は人工呼吸器
- 不整脈・血圧変動への対応(心電図モニタリング)
- 嚥下障害がある場合は経管栄養
- 深部静脈血栓予防
⑤ リハビリテーション
急性期治療後の機能回復に重要。長期的な理学療法・作業療法が必要なことが多い。
予後
- 約80%は数週〜数ヶ月で歩行可能まで回復
- 約15〜20%に重い後遺症が残る(脱力・しびれが持続)
- 致死率は約3〜5%(呼吸筋麻痺・自律神経障害・合併症が原因)
- 軸索型(AMAN)は脱髄型より回復が遅い傾向
- 早期診断・早期治療が予後改善のカギ
受診の目安——こんなときはすぐに医療機関へ
カンピロバクターを含む感染症の1〜3週間後に以下の症状が出た場合は、速やかに受診してください。
- 両足のしびれ・力が入らない
- 歩きにくい、階段を上りにくい、つまずく
- 立ち上がりにくい
- 手の力が入らない、ボタンが留めにくい
- 飲み込みにくい、むせる
- 顔の表情が作りにくい、まぶたが閉じにくい
- 息苦しい、呼吸が浅い感じ
- 動悸・脈の乱れ・立ちくらみ
進行が早く呼吸筋麻痺に至るケースもあるため、「数日で悪化している」と感じたら救急受診を検討してください。
受診先
- 初診はかかりつけ内科でOK
- 診断・治療には神経内科(脳神経内科)での評価が必要
- 救急受診の場合は救急医→必要に応じて神経内科コンサルト
- 多くは入院での治療となる
よくある質問
Q. カンピロバクター食中毒にかかった人みんなにGBSが出るのですか?
いいえ、頻度はカンピロバクター感染者の約1,000〜3,000人に1人程度とされ、決して高くありません。ただし、GBS全体の中で見るとカンピロバクターは最多の先行感染原因で、頭の片隅に置いておく価値があります。
Q. ワクチンで予防できますか?
GBSに対する予防ワクチンは存在しません。カンピロバクター感染そのものを予防すること(鶏肉の十分な加熱・生食回避)が、GBS予防にもつながります。
Q. 何科に行けばいい?
急に手足の脱力・しびれが出てきた場合は、まずは神経内科・脳神経内科。週末・夜間で進行が早ければ救急受診。当院でも初診相談を承り、必要に応じて神経内科への速やかな紹介を行います。
Q. ワクチン接種でGBSが起こると聞いたことがありますが?
過去にインフルエンザワクチンとの関連が報告されたことがあり、現在もごく稀に報告されますが、ワクチン接種によるGBSのリスクは、インフルエンザに罹患してGBSになるリスクより低いと考えられています。ワクチン全般がGBSを多発させているという根拠はありません。詳細は接種前に医師にご相談を。
Q. 治った後、再発はありますか?
GBSの再発は2〜5%程度と少なめです。慢性に進行するタイプは慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)と呼ばれ、別の疾患です。
まとめ
- カンピロバクター食中毒の1〜3週間後に手足の脱力・しびれが出たら、ギラン・バレー症候群を疑う
- 菌の表面構造が神経のガングリオシドに似ている「分子相同性」が発症機序
- 日本ではカンピロバクター関連では軸索型(AMAN)が多い
- 診断は神経学的所見+髄液(蛋白細胞解離)+神経伝導検査
- 治療は免疫グロブリン大量療法(IVIg)または血漿交換、ステロイドは無効
- 多くは回復するが、呼吸筋麻痺・自律神経障害に注意
- 予防はカンピロバクター食中毒の予防そのもの(鶏肉の十分加熱・生食回避)
食中毒の後しばらくして体の動きに違和感を覚えた方、ご家族にそのような症状がある方は、速やかにご相談ください。早期診断・早期治療が回復率を左右する病気です。