犬に咬まれたらまず何をすべき? ― 応急処置・病院受診の目安・感染リスクを内科医が解説
この記事の要点
犬に咬まれた直後にまずやるべきことは、流水で最低5分間、傷口を徹底的に洗い流すことです。 これが感染予防において最もエビデンスのある初期対応であり、Pasteurella属菌や狂犬病ウイルスのリスクを大幅に低減します[1][2]。
「ちょっと咬まれただけ」「血も止まったし大丈夫だろう」――そう判断して受診しない方は少なくありません。 しかし、犬咬傷の感染率は3〜18%とされており[3]、見た目が軽微でも皮下深部に細菌が到達している可能性があります。
とくに手指・顔面の咬傷、免疫不全の方、受傷後8時間以上経過してからの受診では感染リスクが跳ね上がります。
本記事では、犬咬傷の応急処置から受診の判断基準、医療機関での対応、そして見落としてはならない重症感染症リスクまで、内科医の視点で整理します。
咬まれたらまず行うこと ― 流水洗浄が最優先
犬に咬まれた直後の対応で最も重要なのは、傷口の流水洗浄です。
水道水で最低5分間、可能であれば15分間、傷口を十分に洗い流してください。石鹸がある場合は併用します。これにより、傷口に入り込んだ細菌・ウイルスの量を物理的に減らすことができます[1][2]。
洗浄後は清潔なガーゼやタオルで圧迫止血し、速やかに医療機関を受診してください。
やってはいけないこと
以下の行為は、かえって感染リスクを高めたり、組織を損傷させる可能性があります。
- 口で吸い出す:口腔内の常在菌による二次感染リスクがあります
- 傷口を強く縛り上げる:血流障害を引き起こす可能性があります
- 消毒薬を大量に注入する:組織を傷つけ、かえって治癒を遅らせます
- 自己判断で放置する:犬の口腔内細菌は病原性が高く、見た目以上に深い感染を起こし得ます
病院に行くべきか? ― 原則、すべての犬咬傷は受診対象
「犬に咬まれたくらいで病院に行くべきか」と迷う方は非常に多いのですが、結論から言うと原則としてすべての犬咬傷は医療機関への受診が推奨されます。
犬の口腔内には、Pasteurella multocida、Capnocytophaga canimorsus、Streptococcus属、Staphylococcus属、Fusobacterium属など、多数の病原性細菌が常在しています[4]。Pasteurella属は犬の咬傷創の約50%から分離されるという報告があります[3][4]。
とくに緊急性が高いケース
以下に該当する場合は、躊躇なく早急に受診してください。
- 出血が止まらない、または深い刺創・裂創
- 手指・関節・顔面の咬傷(機能障害・整容面のリスクが高い)
- 免疫抑制状態の方(糖尿病、肝硬変、脾摘後、ステロイド使用中、HIV感染など)
- 飼い主不明の犬・野犬による咬傷(狂犬病リスクの評価が必要)
- 海外での受傷(狂犬病常在国かどうかの確認が必要)
- 受傷後6〜12時間以内に発赤・腫脹・熱感が急速に進行する場合
医療機関での対応 ― 3つの重要ポイント
犬咬傷で医療機関を受診した場合、治療の柱は「創部の処置」「抗菌薬」「破傷風・狂犬病の評価」の3つです。
① 創部の処置方針 ― 原則として縫合しない
犬咬傷は感染リスクが高いため、原則として一次縫合は行いません[1][2]。
十分な洗浄(生理食塩水によるシリンジ洗浄が推奨されます)を行った上で、開放創として管理し、ドレッシングで被覆するのが基本です。壊死組織がある場合はデブリードマンを行います。
ただし、顔面の咬傷など整容上の理由がある場合は、十分な洗浄後に縫合を検討することがあります。
② 抗菌薬 ― 全例ではないが、高リスク例には予防投与
犬咬傷のすべてに予防的抗菌薬が必要なわけではありませんが、以下の条件に該当する場合は投与が推奨されます[1][2]。
- 手・足の咬傷
- 深い刺創(とくに関節・腱・骨に近い部位)
- 免疫不全の方
- 受傷後8時間以上経過して受診した場合
**第一選択薬はアモキシシリン/クラブラン酸(オーグメンチン)**です。Pasteurella属、Streptococcus属、嫌気性菌を幅広くカバーできます[1][2]。
ペニシリンアレルギーの場合は、ドキシサイクリン+メトロニダゾール、またはシプロフロキサシン+クリンダマイシン等が代替として使用されます[2]。
③ 破傷風・狂犬病の評価
破傷風: 破傷風トキソイドの接種歴を確認し、必要に応じて追加接種(ブースター)またはテタノブリン(抗破傷風ヒト免疫グロブリン)の投与を行います。日本では成人の破傷風抗体保有率が低下しているため、咬傷を機に接種歴を確認することは重要です。
狂犬病: 日本国内での狂犬病は、1956年のヒト・イヌでの発生、1957年のネコでの発生を最後に報告されていません[5][6]。したがって、国内で飼い犬に咬まれた場合の狂犬病リスクは極めて低いと考えられます。ただし、以下の場合は暴露後予防(PEP: Post-Exposure Prophylaxis)の適応を検討する必要があります。
- 海外(特にアジア・アフリカの狂犬病常在国)での受傷
- 野犬や飼い主不明の犬による咬傷
- 咬んだ犬の行動に異常が認められる場合
見落としてはならない重症感染症 ― Capnocytophaga canimorsus
犬咬傷における感染症で、とくに注意が必要なのがCapnocytophaga canimorsusによる電撃性敗血症です。
C. canimorsusは犬の口腔内に常在するグラム陰性桿菌で、健常者ではほとんど問題になりません。しかし、以下のリスク因子を持つ方では、咬傷後に急速に敗血症・DIC(播種性血管内凝固)・多臓器不全へと進行する可能性があります[7][8]。
- 脾摘後(機能的無脾を含む)
- 肝硬変
- アルコール依存症
- 免疫抑制状態(ステロイド、免疫抑制剤使用中など)
症状は咬傷後3〜5日で出現することが多く、発熱・倦怠感から始まり、急速に敗血症性ショックへと進展します[8]。致死率は約26%と報告されており、脾摘後の患者や敗血症性ショックに至った場合はさらに高くなります[7][8]。DICに伴う四肢の壊疽から切断に至った報告もあります。
C. canimorsusは培養に時間がかかる(平均6日、最長14日)ため、培養結果を待たずに臨床的に疑うことが重要です[7]。
該当するリスク因子を持つ方が犬に咬まれた場合は、軽微な傷であっても速やかに受診し、予防的抗菌薬の投与を受けることが推奨されます。
「お散歩中にちょっと咬まれた」でも受診すべき理由
外来で多いのが、「飼い犬にちょっと咬まれた程度なんですけど」という相談です。
犬咬傷が厄介なのは、見た目の傷が小さくても、犬の歯は皮下深部まで到達している可能性があるという点です。とくに犬の犬歯は鋭く、表面の傷は小さくても筋膜・腱・関節包に達していることがあります。
Pasteurella multocidaは咬傷後12〜24時間以内に急速な蜂窩織炎を引き起こすことがあり、進行すれば骨髄炎や化膿性関節炎に至ることもあります[4][9]。
「たいしたことない」と自己判断して数日放置し、腫れが引かなくなってから受診される方が少なくありません。感染が深部に及んでからでは治療が長期化します。早期の受診が最も効率的な対処です。
まとめ
- 犬に咬まれたら、まず流水で最低5分間の洗浄が最優先
- 原則としてすべての犬咬傷は医療機関への受診が推奨される
- 手指・顔面の咬傷、免疫不全者、受傷後8時間以上の経過例はとくにハイリスク
- 犬咬傷は原則として縫合しない(感染リスクを考慮した開放管理)
- 抗菌薬の第一選択はアモキシシリン/クラブラン酸
- 破傷風トキソイドの接種歴確認は必須、狂犬病は海外受傷時に要評価
- 脾摘後・肝硬変・免疫抑制状態の方はCapnocytophaga canimorsusによる電撃性敗血症のリスクがあり、軽微な咬傷でも速やかな受診を
- 「見た目が軽い=大丈夫」ではない。早期受診が最も効率的な対処
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参考文献
[1] Stevens DL, et al. Practice guidelines for the diagnosis and management of skin and soft tissue infections: 2014 update by the Infectious Diseases Society of America. Clin Infect Dis. 2014;59(2):147-159. https://doi.org/10.1093/cid/ciu296
[2] Medscape. Pasteurella Multocida Infection Treatment & Management. https://emedicine.medscape.com/article/224920-treatment
[3] Oehler RL, et al. Bite-related and septic syndromes caused by cats and dogs. Lancet Infect Dis. 2009;9(7):439-447. / CDC Emerging Infectious Diseases 2019;25(2): "3%–18% of dog bites become infected; 50% of dog bites are associated with Pasteurella multocida." https://wwwnc.cdc.gov/eid/article/25/2/18-0641_article
[4] Talan DA, Citron DM, Abrahamian FM, Moran GJ, Goldstein EJ. Bacteriologic analysis of infected dog and cat bites. Emergency Medicine Animal Bite Infection Study Group. N Engl J Med. 1999;340(2):85-92. https://doi.org/10.1056/NEJM199901143400202
[5] 厚生労働省「狂犬病」 https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/
[6] 国立健康危機管理研究機構「狂犬病」 https://idsc.nih.go.jp/infectious-diseases/rabies/index.html
[7] Butler T. Capnocytophaga canimorsus: an emerging cause of sepsis, meningitis, and post-splenectomy infection after dog bites. Eur J Clin Microbiol Infect Dis. 2015;34(7):1271-1280. https://doi.org/10.1007/s10096-015-2360-7
[8] CDC. Clinical Overview of Capnocytophaga. https://www.cdc.gov/capnocytophaga/hcp/clinical-overview/index.html
[9] Weber DJ, et al. Pasteurella multocida infections. Report of 34 cases and review of the literature. Medicine (Baltimore). 1984;63(3):133-154. / StatPearls: Pasteurella Multocida. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK557629/
